『ハンニバル』 by リドリー・スコット
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読んだ/観た日:2020/04/12
☆映画総合:3.9
ストーリー:4.5
キャラ:4.0(クラリスが…)
映像:4.0
独創性:4.0
合理性:4.0
深さ:4.0
爽快さ:3.5
おしゃれさ:4.0
他の人におすすめ:3.0(人を選ぶ)
あらすじ/概要
『羊たちの沈黙』から10年…。“人喰い"ハンニバル・レクターが帰ってきた。リドリー・スコットによる至高のサイコホラー作品
感想/考察
んークラリスがやっぱちょっと違和感があるなあ…素朴な感じはありつつも強さのある女性。主体が自分であり、ルサンチマンと対極にある女性。ハンニバルとクラリスは何か通じるところがあった。が、今回のクラリスはハンニバルに好かれるイメージが湧かない。まあ人が変わってるんだから素直にその違和感なのかもしれないが…ハンニバルは変わってないわけだしその分違和感も大きいのかなあ…。ジュリアン・ムーアさんは本質的には強い人間ではないと思うんだよなあ…強くなった、あるいは強いように見せているタイプの人間だと思う。なんで女優変えたんやろか…。でもジュリアン・ムーアさんのその他の作品が僕の理解に影響している可能性はあるなあ…個性強めの女優さんやからなあ。キングスマンの時みたいな脆い人格の方が似合ってる感じがするんやけどなあ。前作クラリスが良すぎたのか。。
ストーリーライン自体は前作より重層的で面白い。が、クラリスの違和感が素直に見ることの足を引っ張る。そこだけ。逆に前作のシンプルさが、ハンニバルとクラリスの絆を際立たせていて、美しい。
最後の3人の会食シーンはよかったなあ…よかったなあとかいうとちょっとあれやけど、猟奇的な感じがよく出てた。なんで食事シーンにすると猟奇的な感じになるんだろう…食事という日常が異常を鮮明にするからかな。食事という行為は結構考えてみると面白いのかも知れない。殺した牛を食べているのに、誰もそのことを意識していない。そして食べることは生きることだ。これだけ死と生に関わる行為なのに、それを僕たちはほとんど意識していなくて、味に集中しようとしている。昔からそうだったとは思えないんだよな…いつからこうなったのだろう。やはり食物が”生産”されるようになってからか。ではそれはいつなのか。うーん…卸業とかっていつ発生したんだろう。農家、漁師、猟師から直接買ってるうちは生産感ない気がするけど、卸売を通すと、いや違うか、加工して店先に並ぶかどうかなのかな。視覚的な部分が大きいのだろうか。現代には殺して食うという体験がほぼない。
人間は生きるため、以外の目的を食事に見出してきた。快楽だったり体を作ることだったり…ハンニバルは食べるということの意味が他人よりも多い/複雑な気がする。より原始的なようでもあり、先を行き過ぎているようでもある。シンプルな食事の原理は生きるためではなく、空腹という不快な状態があり、何かを食べるとその不快な状態がなくなる、むしろ味、あるいは満腹感という快感を生むという学習があり、その電位差によって食事がなされる。これはあらゆることに言える。人は子供を作るためにセックスをするのではなく、気持ちいいからセックスをするのだ。ハンニバルにとって何が不快だったのか、あるいは何が快感だったのか、それともそのどちらでもないのか。
現代においてやたらと命を大切にということが叫ばれだしたのは、たぶん、誰も生死のことがわからなくなったからじゃないだろうか。もっというと死が遠くなって、やたらと人間はそれを恐れるようになった。だからこそこういう死からやってくる人間がやたらと怖いのだ。僕も怖い。